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パパコソは、「パパの子育てから家族に笑顔を。」をモットーに、

性別にかかわらない育児・家事の推進、応援をする子育て応援ブランドです。

 

パパの子育てを応援することは、

家族のウェルビーイングに繋がります。

 

また、夫婦で子育ての悩みや喜びを共有し、

家族に笑顔が広がるきっかけになると考えています。

STORY

パパの子育てから、家族に笑顔を。
10万人に一人の病気をきっかけにした、
“パパ専用” 子育てブランド
「papakoso(パパコソ)」の誕生
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(株式会社ワンスレッド代表取締役 半田真哉)

2010年創業以来、株式会社ワンスレッドは主に日本国内の産地と連携し、素材にこだわったニットやカットソーなど、繊維製品を中心に商品企画を行っていました。

 

しかし、創業7年目に転機が訪れます。

子育て応援ブランド「papakoso(パパコソ)」のスタートです。

「papakoso(パパコソ)」は、現在日本で唯一の“パパ専用”の子育てグッズブランドです。

 

なぜ“パパ専用”なのか。

代表取締役の半田真哉がブランド立ち上げの経緯をご紹介します。

パパの子育てから、家族に笑顔を。

子育て応援ブランドpapakosoのモットーは「パパの子育てから、家族に笑顔を。」

 

papakoso(パパコソ)の語源は「パパの子育て」「パパこそ子育て」ですが、実は、パパ目線のパパの為のブランドではありません。

「パパの子育て」を入り口に、夫婦のパートナーシップを深め、家族に笑顔が広がる商品・サービスを展開しています。

 

ブランド第一弾商品である「パパ&ママ140人と考えた理想のパパバッグ」は2018年に第12回キッズデザイン賞を受賞。

さらに翌2019年にはブランド第二弾商品である「パパ専用抱っこひもpapa-dakko」が第13回キッズデザイン賞 奨励賞(キッズデザイン協議会会長賞)を受賞。

そして、2020年にはパパバッグが第1回日本子育て支援大賞を受賞しました。

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私たちは、市場には無いパパ専用子育てグッズを開発し、日本で唯一の“パパ専用“子育てグッズブランドとして市場拡大にチャレンジしています。

なぜ、今「パパ専用」なのか。
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1997年以降、共働き世帯数は専業主婦世帯数を上回り、2020年には共働き世帯数は1245万世帯と専業主婦世帯の2倍以上となっています。

夫婦共に働き、共に家事育児をする時代になり、様々な夫婦の形が存在しうる状況になりましたが、未だに「イクメン」という言葉が使われ、男性が家事育児をすることがまだまだ当たり前になったとは言えません。

 

例えばベビー用品店にはマザーズバッグのコーナーはありますが、パパバッグは置いていません。

抱っこひもも同様で、パパでも使えるシックな色目はあっても、男性が使うことを前提にデザインされた子育てグッズはほぼ無いのです。

 

男性が家事育児をすることが特別なことではなく当たり前になるように、性別に関わらず誰もが活躍する環境を作るために、子育て応援ブランドpapakosoはスタートしました。

きっかけは10万人に1人の病気
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私が子育てをするきっかけとなったのは、実は妻の病気でした。

我が家には2人の子どもがいますが、長男を妊娠中の妻に予期せぬ病気が見つかったのです。

それは10万人に1人と言われる病気、脳腫瘍(聴神経腫瘍)でした。

 

妻は聴神経腫瘍が見つかる前、29週の頃、切迫早産と診断され入院を余儀なくされました。

入院中は絶対安静となり、24時間張り止めの点滴を打ちながら、まずは35週を目指すという方針でした。

しかし、目標まであと少しという34週の時に、妻の体に異変が起きました。

まず、右耳の聴力が落ち、耳鳴りが激しくなりました。

また、口の中の右側が冷たく感じられ、味も分かりにくいと訴え始めたのです。

さらに、顔面麻痺が生じ、顔の左側を動かすことができなくなってしまいました。

 

最初はストレスからくる突発性難聴と診断されましたが、万が一、脳に何かの問題があってはいけないと、MRIの検査も行いました。

そして、検査から数日後、何故か私1人だけが個室に呼ばれ、部屋に入るとそこには医師を含む5〜6人の病院関係者が神妙な面持ちで席についていました。

 

「旦那さん、実は奥様に10万人に1人の病気が見つかってしまいました。」

まるでドラマの1シーンです。

真逆の治療方針
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10万人に1人の病気は、他人事だと珍しい病気ですが、実際に診断されてしまうとその確率にはあまり意味がありません。

腫瘍の大きさは約2.6cm、このまま腫瘍が大きくなっていくと顔面麻痺の症状がもっと進み、さらには脳幹を圧迫し呼吸が困難になる可能性もあるとのことでした。

 

それまでは、「胎児を少しでも長くお腹の中に」という方針で入院していたわけですが、今度は「腫瘍が大きくなる前に早く出産をしなければならない」と真逆の方針に転換しました。

その時はこの病気が自分たちには身近な病気ではなかったことに加え、腫瘍が良性か悪性かもわからず、どうするべきなのか考えることもままならない状況でした。

病院には最悪のケースも考えられると伝えられましたが、最善のゴールを目指す為、産婦人科、脳神経外科、さらに小児科とNICUのある大きな病院に転院することとなりました。

 

このまま正期産を迎えた場合、出産時に脳腫瘍から出血があるかもしれない。また、妊娠期間中に徐々に大きくなってきた脳腫瘍が、このまま成長を続け、脳幹を圧迫したら取り返しのつかないことになります。

そこで、お腹の中の長男の呼吸器の成長を見ながら、36週のタイミングで帝王切開で出産をする方針が決まりました。

出産後1週間で息子と離れ離れになる母親
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出産は母子ともに無事でした。

長男は1998gの低出生体重児でしたが、幸いにもNICUに入ることもなく、生後1週間は母子同室で過ごすことができました。

しかし、まだ妻の病気は治っていません。

1週間の母子同室の後、今度は妻自身の治療と手術のために、聴神経腫瘍について詳しい大学病院に転院することになりました。

出産をした病院では聴神経腫瘍の治療や手術実績がなく、治療を続けることが困難だったのです。

約1か月半にわたる入院を経て、まさに命がけで出産したばかりの長男を置いて入院しなければならない妻は、断腸の思いだったと思います。

父親と新生児の2人暮らし
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それから新生児と新米パパの2人暮らしが始まりました。

初めての育児に加え、10万人に1人の妻の病気、分からないことも多く心に全く余裕のない生活でした。

とは言え、妻には自身の治療に専念してもらう為、育児の不安を感じさせてはいけません。

毎日我が子の育児日記を送り、少しでも安心してもらえるように心掛けていました。

 

仕事も子どもが寝ている間に作業をし、起きている時間は抱っこをしながら進めていました。取引先にもご理解をいただき、感謝です。

 

もちろん予防接種や検診も私が連れて行くことになります。

信号待ちでまだ1-2ヶ月の赤ちゃんを抱っこしていると、何も知らないご婦人から「あら〜子ども抱っこしてえらいわね〜」と言われます。

褒め言葉として声をかけてくれているとは思うのですが、当時の私は残された親の1人として当たり前のことをしているだけなのに過剰に褒められる状況にモヤモヤしていました。

 

また、逆のパターンもあります。

乳幼児検診に長男を連れて行った時のこと。

先生「ママはどうしましたか?呼んできてください」と言われました。

私は「今日は妻はいませんので、宜しくお願いします。」と答えると、

「では、帰ったらしっかりとママにお伝えくださいね。」と念を押されます。

先生は深い意味はなく言ったことかも知れませんが、当時心に余裕のなかった私は親として認められていないような気持ちになったことを覚えています。

男性向けデザインの子育てグッズが無い!

新生児の育児は大変でした。

妻が無事に帰ってくるまで、少しのミスも許されないような気がしていたので、毎日極度に緊張していました。

 

妻が入院してからはミルクを使うことになりますが、銘柄によって合う合わないがあります。

さまざまなミルクを試して、長男に合うものを見つけました。

哺乳瓶は4本用意しました。

約3時間毎の授乳になるため、4本あると夜のローテーションがうまくいきます。

おむつも通常の新生児用では大きすぎた為、新生児用の小さ目を探しました。

 

引っ越して間もない土地だったため、情報交換する人もおらず、孤独感もありました。

せめて、自分のお気に入りの育児グッズを使おうとネットを探しましたが、男性向けに作られているものが見つかりません。

例えば「パパバッグ」や「ファザーズバッグ」と検索しても、「ママバッグ」や「パパでも使えるマザーズバッグ」しか出てこないのです。

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(マザーズバッグと自作の抱っこひも)

当時私はおむつや哺乳瓶、水筒などの持ち運びには妻の真っ赤なトートバッグを使っていましたが、それが「妻の代わり」や「やらされている感」に見えてしまっていたように思います。

この時は生地屋さんでお気に入りの生地を買い、自分でミシンを使ってオリジナルの抱っこひもを作り、気分を盛り上げていました。

 

そして、長男が生まれて5ヶ月目、妻は自身の手術を終えてようやく家に帰って来ます。

ついに揃った家族。

この時、初めて川の字で寝た時のことは今でも鮮明におぼえています。

パパコソをスタートしようと思った瞬間
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2014年に我が家には長女が誕生します。

妻も徐々に体力が戻ってきて、家族にも少しずつ余裕が生まれてきていました。

長男は幼稚園に通い始め、私は娘を抱っこしながら幼稚園バスの見送りをする毎日。

そんなある日、ふとバスの扉に映る自分の姿を見てなんとも言えない生活感を感じます。

自分では意識はしていなかったのですが、とてもくたびれて見えたのです。

 

私は大学を卒業し、新卒でアパレルメーカーに就職しました。

なぜアパレルを選んだかというと、服は人の心に自信や喜びを与えることができるから。

洋服を通じて多くの人に良い影響を与えたかったのです。

 

子育てグッズも抱っこひもやバッグは身につけるものですから、服と同様、身につける人に影響を与えます。

お気に入りのものを身に付けていれば、明るい気持ちになり、仕方なく付けていれば人と顔を合わせたくなかったり、気持ちも盛り上がりません。

 

「理由や経緯は異なっても、きっと自分と同じように主夫をしているパパが世の中にはいるに違いない。」

自分のため、そして同じような境遇のご家族の選択肢になれるよう、自身の経験を生かした男性用の子育てグッズを作ろう。

それが「パパコソ」のスタートです。

 

そして2016年から約1年かけてパパとママの声を集めました。

それは自身の経験や思いと、世の中とのギャップが無いかの確認でした。

そして2017年7月、ブランド第一弾商品として発表したのが「パパ&ママ140人と考えた理想のパパバッグ」。

同年10月に発表した第二弾商品が「パパ専用抱っこひも「papa-dakko(パパダッコ)です。

命の尊さ、家族と過ごす時間の大切さ
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我が家では第一子出産時に、妻に予期せぬ大病が見つかり、長男も低体重出生児としてのスタート。

まさに母子命がけの出産・誕生でした。

そして、この体験が原点となり、子育て応援ブランドpapakoso(パパコソ)が生まれ、今に至っています。

 

出産が命がけであることは、我が家に限ったことではありません。

どのご家族も、様々な困難と向き合われていると思います。

 

赤ちゃんを授かり、出産するということはまさに奇跡の連続です。

そして家族とともに過ごせることも奇跡の延長であり、子育てできることも、家事や仕事をすることも、奇跡の上に成り立っていると思っています。

 

だからこそ、家族とともに過ごせることを幸せに感じ、大切にしたい。

人生を進めていくにつれ、家族とのあり方や生き方は変わるかもしれませんが、この原点は忘れることなく歩んでいきたいものです。

“Share with~(共有する)”

これが、今、私たちが大切にしている想いです。

硬く言えばスローガンです。

 

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夫婦で、家族で、共有しよう

 

悩みや喜びを分かち合うことで、理解と関係性が深まり、目標を共有することで、1+1が3にも4にもなったりします。

“共有できる”ことはとても幸せなことで、この想いが、子育て応援ブランド「papakoso(パパコソ)」をはじめとした、すべてのプロジェクトにも繋がります。

今後の展望

これからも、「 パパの子育てから家族に笑顔を。」をモットーに、事業を進めていきます。

パパコソの存在を多くの方に知っていただくことで、子育中や、子育準備中の皆様の選択肢になれると思いますし、市場が活性化するきっかけになると考えています。

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(パパバッグだっこモデル撮影チーム)

また、親子が過ごす時間は実はそう長くありません。

家族と過ごす時間を大切にし、家族から地域に笑顔が広がる社会を目指して、様々な企業・団体・個人の方とのパートナーシップにより新商品や新サービスを開発していきます。

2021年7月5日 13時00分

company

​株式会社ワンスレッド

Address

神奈川県横浜市保土ケ谷区常盤台86-1-928

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